鳥取、京都、東京という三つの拠点を行き来しながら、金継ぎや漆、共直しを軸とした修復家として活動する河井菜摘さん。作家活動の傍ら、自分が実際に使って推したいものだけを紹介するインスタグラムアカウント「買い物(かいもん)マガジン」を主宰し、人気を集めています。“いいものを見つけたい”という貪欲な姿勢から出会った心と体を労わるアイテム、そして、修復の仕事を続けるために大切にしていることについて伺いました。
プロフィール
かわい・なつみ/1984年大阪府生まれ。京都市立芸術大学、大学院にて漆工を学ぶ。京都で古美術品の修復に携わり、2015年に独立。漆と金継ぎをメインとした修復専門家として活動。陶磁器や漆器、木製品やガラスなど日常使いのうつわから骨董、古美術の修繕を行う。鳥取の古民家をベースに京都、東京の三拠点生活を送る。また、買ってよかったものをおすすめするインスタグラムの「買い物(かいもん)マガジン(@kaimon_magazine)」の主宰も。
もとあるものを生かしながら、より良くする
―河井さんは漆と金継ぎを主軸とした修復家として活動をされています。漆に興味を持ったきっかけは何でしたか?
もともと物を作ることが好きだったので、高校卒業後は芸大の工芸科に進学しました。一年生の時に漆芸と陶芸、染織を学んだのですが、漆が一番面白いと思ったんです。たとえば貝殻を使った螺鈿細工ってどうやってつくっているんだろうとか、いろんなところに“わからなさ”があって、そこに興味が惹かれました。
―修理を専門にしようと思ったのは?
大学時代は作家主義と言いますか、作家として続けていくことが正義だという雰囲気をなんとなく感じていました。同級生の中には在学中から、作品に数百万の値がつく人もいて、すごいなと思いつつ、自分は表現活動はあまり向いていないんじゃないかと思っていました。大学院を卒業してしばらくして、たまたま茶道具の会社で修復の仕事を募集しているのを見かけたんです。当時は、自分の技術が活かせたらいいなという気持ちで応募したのですが、そこでは漆を使った修復だけではなくて、いろんな画材を使いながら漆を接着剤に使ったり、粉を蒔いて質感を変えたり、あえて古びた質感に塗り上がるように漆を調整したりといった作業をする機会があり、これまで扱ってきた漆と違った側面を見ることができて、おもしろいなと。そこから、修復を仕事にできたらと考えるようになりました。
―どういうところに修復の魅力を感じましたか?
一から物を作るとどうしても副産物として廃棄物が出てしまうことをストレスに感じていたんですが、修復の作業はもとあるものを生かしながら価値を蘇らせる感覚があり、自分の性に合っている気がしたんです。
―河井さんは現在は鳥取、京都、東京と三つの拠点を持たれています。多拠点生活を送るきっかけはなんでしたか?
京都に暮らしていた時、インスタグラムでフォローしていた方が「鳥取から引っ越すことになったので、家のもらい手を探しています」と発信されていたんです。興味本位で聞いてみたら、破格の値段で一軒家と車を譲ってくださることになって。ただ、当時は京都で活動を始めたばかりで、鳥取に完全移住するのは少し不安があったので、京都に拠点を残し、定期的に金継ぎ教室を開くことにしました。二拠点生活を始めた翌年に東京でも金継ぎ教室を開くことになり、以降、三拠点生活を続けています。今は鳥取でも教室も開催していて、それぞれの場所で人との接点が増え、仕事の幅も広がりました。
また、4年前からは、いちふじ(チワワとマルチーズのミックス)と暮らし始め、今は隔週ごとに愛犬と一緒に三拠点を移動しながら暮らしています。いちふじと暮らすようになってから生活はガラリと変わりました。夕ご飯の前に散歩に行くので、それまでに仕事を切り上げるように。以前は修復を依頼されたものを全部引き受けていたので、夜まで仕事をすることもあったんです。コロナがきっかけで生活の仕方が変わったこともあり、今は引き受ける数を制限して、自分や愛犬のための時間を持つ意識が強くなった気がします。
3つの拠点が、ものとの付き合い方に変化をもたらした。
―移動が多いと思うのですが、体のケアはどうされていますか?
移動が多いのもそうですし、修復の仕事は基本的に座りっぱなしで体力をつけようと思って、1年ほど前から運動するようになりました。ただ、鳥取の家は市内に出るのに往復1時間半以上かかるのでジムに通うのではなくて、家でできることを始めようと。今は朝起きたら1時間、Nintendo switchを使ってFit boxingと筋トレをやっています。自宅でできるので習慣化しやすかったですね。朝に1時間運動をすると目覚めも良くなり、調子がいいです。
体の疲れを取りたい時は「若石RMR足癒ローラー」を使っています。ほぐしアイテムに詳しいスタイリストの方が「3日でモトが取れた」とYouTubeで紹介していて、気になって。10万円ほどするので躊躇ったのですが、40歳の誕生日を機に買ってみました。足裏のツボやふくらはぎ、太ももなど機械がしっかりともみあげてくれて、血行が良くなり、冷えやむくみが取れて、爽快感があります。「若石RMR足癒ローラー」は鳥取の家に置いていて、東京にいる時は「官足法ウォークマットⅡ」で足の裏をマッサージしています。腎臓に効くツボとか、膀胱に効くツボとか意識しながら足をほぐすとスッキリするんです。
体の疲れを取るには、しっかり汗をかくことも大事だと思って、最近は自宅でよもぎ蒸しをするのにもハマっています。サウナは苦手なんですが、よもぎ蒸しは息苦しくなく、しっかり汗をかけるのがいい。座椅子の下に鍋をセットして、そこに乾燥ヨモギと水を入れて煮立たせて、蒸気が出たらガウンを羽織って座るだけ。次第に体がじわじわと温かくなって気持ちがいいですし、座りながら携帯で作業もできます。汗を大量にかくようになったからか、汗や体臭の匂いも気にならなくなりました。ヨモギ蒸しのサロンに行こうと思っても、予約が必要で当日に行けないこともありますが、これだったらいつでも自分の好きなタイミングでできるからいいですね。
―修復の仕事は繊細な作業を要すると思うのですが、目は疲れませんか?
目の疲れやかすみを感じたら、「雲切目薬」を使っています。一滴挿すと目がすっきりするんです。花粉の時期は特に頼りになるので、バッグの中に入れて持ち歩いています。一般のドラッグストアでは売ってなくて、長野県にある老舗の薬局「笠原十兵衛薬局」の店舗かオンラインサイトで購入できます。数個まとめて買って、友人にプレゼントすることもありますね。
―河井さんはインスタの「買いもんマガジン(@kaimon_magazine)」というアカウントで、ご自身が使って本当にすすめたいものの情報も発信されています。実際に使っているからこそのリアルな感想がとてもわかりやすく、私ももの選びの参考にさせていただいているんですが、こうした活動をするきっかけはなんでしたか?
学生時代からハイロックさんやオモムロニ。さんのような、もの選びのプロの方たちのブログを読むのがすごく好きでした。いつか自分がいいなと思った物をセレクトしてオンラインショップをできたらと思っていたのですが、1人で大量の在庫を抱えるのは現実的ではなくて。それでインスタを通じて、情報発信を始めたらインスタのフォロワーさんがどんどん増えていったんです。続けていると「これもいいですよ」と情報をいただくことも多く、その相互のやりとりが増えました。忖度なしのリアルな買い物トークができるコミュニティになった感じがします。本当に自分がいいと思ったものだけ紹介したいので、PR案件なしの場を作れたのはよかったです。あと、私には3つの拠点があるので、一つのカテゴリでもいろいろと使い分けられるのもいいんです。足ツボマッサージアイテムを買うにしても、鳥取の家にはこれ、東京の家ではこれ、京都の家ではこれ…とそれぞれ3つのアイテムを使い分けして、比べられる。提供できるレビューが3倍になるのでいいなと思っています。
自分の経験値を上げて、人に還元したい
―今後やりたいことはありますか?
できるだけ現状を維持できたらと思っています。私が修復の仕事を始めた頃に比べると、金継ぎが身近になり、修理の業者や工房もたくさん増えています。数ある候補の中から、私に依頼をしてくださる方のほとんどが、私のSNSやWebサイトを見てくださっている方が多く、「河井さんにぜひお願いしたい」と言ってくださって本当にありがたく思っています。
独立したばかりの時は、古美術業など専門業者の方からの仕事が多いだろうなと思っていたんですが、始めてみると個人の方の依頼が多いことに驚きました。依頼者のお手紙を読むと、亡くなった家族の大事な形見であるとか、子どもが大事にしているお皿だとか、いろんな人の思い出が詰まっているものが多いんです。そういう大切なものの修復を任せてくださることがとても嬉しいし、こちらできちんと修理してお客様の手にお返しした時に、大事な人と再会したような感覚で喜んでいただけることがまた嬉しい。それが仕事をする上での糧になっています。そういう信頼を一つずつ積み重ねて今があると思っているので、これからも実直に続けていきたいと思っています。また、漆を扱い始めて20年が経とうとしているのですが、いまだに知らない面があって、一生楽しめる素材だなと思っています。自分の経験値を上げて、人に還元できたら嬉しいですね。