江戸切子職人として活動している三澤世奈さん。現代的なエッセンスを取り入れたテーブルウェアやアクセサリーなど、さまざまなアイテムを通じて伝統工芸の可能性を広げています。”一生現役でいたい”という三澤さんに、日々楽しみながら制作に取り組む秘訣を教えてもらいました。
プロフィール
みさわ・せな/1989年、群馬県生まれ。明治大学商学部卒業。大学在学中に〈堀口切子〉三代秀石・堀口徹の作品に出合い、門戸を叩く。2014年〈堀口切子〉に入社。江戸切子を継承する者となるべく、日々研鑽を積む。2019年7月より、ブランド「SENA MISAWA」(現・N)の制作・プロデュースを担当。
美しいガラスのきらめきに惹かれて。
―江戸切子職人を目指したのはいつ頃でしたか?
大学3年の時です。江戸切子で作られた美容クリームの容器を見て、「こんなに美しいものがあるのか」と驚きました。ものとしての美しさにも感動したし、伝統工芸の枠を飛び越えて、他ジャンルとコラボレーションして表現できるところに大きな可能性を感じたんです。すぐに作者の〈堀口切子〉堀口徹氏(以下、親方)を訪ねて弟子にしてほしいと伝えましたが、当時はまだ人を取る状況ではないということでお断りされてしまいました。その後、ネイル関係の会社に就職したのですが諦めきれず。ある時、〈堀口切子〉のHPを見ていたら、求人募集をしていたのですぐに応募。その時に採用いただいたおかげで今に至ります。
ー20代でネイルの仕事から一転、伝統工芸の世界に飛び込むことは大きな挑戦だったのかなと思いますが、いかがでしたか?
ネイリストも切子職人も自分の中では地続きで、伝統工芸の世界だからとあまり難しく捉えてはいませんでした。というのも、どちらも自分の作ったもので人が喜んでくれる仕事だから。私は幼い頃からものづくりが好きで、高校生の頃はネイルチップやデコ電を作って、よく友達にプレゼントしていました。自分で作ったもので人が喜んでくれる。そのことがうれしくて、そういう仕事に就きたいとずっと考えていました。
実際にこの世界に入ってからも、大変だと感じることよりも楽しいと思うことの方がずっと多いです。ガラスはどの状態も美しくて癒されますし、完成に近づいていく過程も楽しい。さらに、お客様から感想をいただくとすごくうれしいです。
ー三澤さんが思う江戸切子の魅力は何でしょうか?
ガラスのさまざまな表情の美しさを感じられるところですね。私が高校生の時に、ネイルやデコ電に夢中になったのも単純にキラキラしたものが好きだったからなのですが(笑)、ガラスは頭で難しいことを考えなくても、思わず目を奪われる。美しいきらめきを感じられるところが好きです。また、切子にはそのきらめきを増幅させるような表現から、”ケシ”と呼ばれるすりガラスのようなマットな質感を生かしたものまで、さまざまな表現があるところに魅力を感じています。
ー伝統的な江戸切子の技術を習得していく中で、2019年には自身の名前を冠した「SENA MISAWA」というブランドをスタートされました。立ち上げにはどのような思いがあったのでしょう?
「SENA MISAWA」は、代表的な江戸切子にはない、不透明な色合い(ペールトーン)や、すりガラスのようなマットな質感を落とし込んだ作品を作れないかと思ったことがきっかけで生まれました。江戸切子はガラスをカットすることによって独特の輝きが生まれるので、一般的には透明色のガラスの方が光の反射が効果的になることもあり、それまで不透明なガラスの切子はあまりなかったんです。でも、現代の生活空間に合うような落ち着いたトーンの切子もあっていいのではないかと。
「SENA MISAWA」で最初に発表した「CUPS」は、江戸切子だとわかりやすい代表文様をモダンなバランスで表現したものと、自分の表現したいミニマルなデザインを合わせて発表しました。家庭で使うことを意識して、容量を大きめにデザインしたのですが、和食の料亭やフレンチレストランでも使っていただいていて、いろんな場で活躍してくれているのがうれしいです。
ーデザインのアイデアはどうやって浮かぶのでしょう?
どんな人に、どんな空間で使ってもらいたいかを具体的に考えていくと、いいアイデアが生まれます。たとえば、グラスの「Daily」シリーズは、お酒を飲まない友達に「水やお茶を入れられる江戸切子のグラスが欲しいな」と言われたことがきっかけで生まれました。最初はなかなかいいイメージが浮かばなかったのですが、池尻大橋で人気のストリートバー〈LOBBY〉に行った時、「格式高いと思われがちなバーの一杯をカジュアルに楽しんでもらいたいというこの空間に似合う江戸切子のグラスが作れたら」と、ひらめきました。縁にカラーリングをほどこす「口巻き」という技法を使ってテーブルの上をポップで華やかに彩るデザイン、機能性のある形状、そして、直線的なカットガラスとは違う力の抜けたフォルムも意識しました。
オン・オフをつける、自分のテンションを上げる。
ー気持ちよく仕事をするために大事にしていることはありますか?
工房の床がコンクリートで足が疲れやすいので、ソールが厚く、クッション性がある靴を履くようにしています。今はHOKA ONEONEのスニーカーを愛用中です。仕事中に着るワークコートは〈堀口切子〉のオリジナル。あちこちにものが入れられるようにポケットがたくさんついていたり、腕を動かしやすいよう背面にスリットが入っていたり、ストレスなく仕事できる工夫がたくさんあります。ワークコートの下は私服ですが、お気に入りの服を着るようにしています。見えない部分ですが、好きなファッションに身を包むことがモチベーションアップにつながります。
ープライベートでは2年前にご出産。子育てと両立しながらの制作活動は忙しいと思いますが、自分をケアするためにしていることは何ですか?
仕事終わりに子どものお迎えに行くのですが、顔のトーンが落ちていることがあるので(笑)、〈BYUR〉のハイライトスティックを頬や口にパパッと塗っています。肌に馴染ませるとみずみずしいツヤ感が出るし、美容成分が配合されて保湿効果もあるんです。こういった便利なアイテムが一つあると、表情が明るくなり、自分の気持ちもアップしますね。
子育てと仕事の両立は気持ちの切り替えも大事で、それに役立っているのがアクセサリーです。指輪をはずすと自然と仕事モードに切り替わりますし、つけるとプライベートの自分に戻ります。中央のリングは〈堀口切子〉の親方、堀口徹がプロダクトデザイナーの小宮山洋さんとコラボレーションして作ったものです。普段は表面にくることが多いカットをあえて裏面に施したデザインで、どんなファッションにも合うので重宝しています。
ピアスは2017年に自分がデザインを担当しました。ガラスのジュエリーは真後ろに金属の台座が来ることが多いのですが、そうするとラグジュアリーでゴージャスな印象になります。ただ、私はカジュアルに、且つガラスの輝きを柔らかく感じられるものがあったらいいなと思って、光が抜けるように、台座を後ろではなく、側面で支えるデザインを考えました。ロングチェーンが揺れる姿も気に入っています。
わかりやすく伝えることも大事。
ー江戸切子は伝統文様を入れたガラスの酒器というイメージがあったのですが、三澤さんのテーブルウェアやアクセサリーを見ていると、改めていろんな可能性に満ちているなと感じます。
そうですね。実は現在の細かい文様のデザインが主流になったのは、昭和後期〜平成にかけてで、それ以前はもっとシンプルだったと言われています。江戸切子はガラスであること、手作業で作ること、主に回転道具を使って作ること、そして、東京周辺で作られたものという定義があるのみで、それ以外は自由。実はとっても表現の幅が広いんです。
ー今日工房に伺って、若い女性の職人さんがたくさんいらっしゃることにも驚きました。
現在、江戸切子の職人は約80人。そのうち女性は2割で、今はまだそこまで多くはありませんが、TVや雑誌、最近は〈堀口切子〉の instagramを見て、職人を志して来てくれる人が増えました。取材を受けたり、自分たちで発信する時は、わかりやすさを意識しています。たとえば、インスタでは作業工程や工房の写真を載せるだけじゃなくて、「こんなの買っちゃいました」と親方の趣味の購入品を載せてみたり(笑)。私たちはどういう人で、どういうことを考え、どういう雰囲気の職場かがわかるように。伝統技術を次の時代につなげるためには、そういったことも大切なのかなと思います。
ー三澤さんが目指す理想の職人像は?
作ることが好きなので、ずっと職人を続けられたらと思っています。仕事ではありますが、切子を作りながら自分自身が癒されていると感じますね。カットしている音を聞くのも好きですし、ガラスを眺めているだけでも楽しい。子どもが生まれてからは、制作時間が以前より減ってしまいましたが、改めて、私はこの時間が本当に好きなんだと感じています。現在は90歳を超える切子の職人さんがいらっしゃるそうなので、私もその方のようにできる限り長く続けられたら幸せだなと思います。