噺家の瀧川鯉斗さんは高座だけでなく、役者としてドラマに出演したり、雑誌でモデルとしても活躍するなど、枠にとらわれないボーダーレスな活動でも注目を集めています。
伝統を守るために何ができるか。そう自問しながら、噺家として走り続けるために大事にしていることを伺いました。
プロフィール
たきがわ・こいと 1984年生まれ愛知県出身。2002年、役者を目指して上京。アルバイト先で瀧川鯉昇の落語を見て感銘を受け、弟子入り。2005年に前座、2009年に二つ目に昇進。2019年、令和初の真打に。古典落語に取り組み、高い評価を得ている。
体一つ、座布団一枚の上で勝負する
―落語家の道へ進まれたきっかけは何でしたか?
中学生の頃からバイクにハマってしまって、素行不良で高校は1日で辞めてしまいました。その後、暴走族の道にまっしぐら。総長にまで上り詰めましたが「この先はないな」と思って、17歳で引退しました。で、人生をリセットするために役者になろうと思って上京したんです。すぐに役者として食べてはいけないから、飲食店でアルバイトしていました。そこで僕の師匠となる瀧川鯉昇の独演落語会があって、初めて落語を聞いて感激したんですね。一人で人間の悲喜交々を魅せる。「こんな芸があるのか!」と。その場で弟子入りを嘆願しました。
―これまでとはまったく違う世界。戸惑いはありませんでしたか?
そうですね。弟子入りしたのはいいけれど、全く話が覚えられず、最初は15分程度の噺を覚えるのに半年もかかりました。でも、多くの噺家がそうであるように、長い修行期間のうちに訓練を重ねて、噺家になっていきます。前座の時には50、60席の噺ができるようになっていましたが、そこから真打になるには、“自分の落語”ができるかどうかにかかってくる。一言一句間違いなく伝えるのではなく、自分というフィルターを通して世界を作ることが大事なんだと気づきました。起承転結をアレンジしたり、古典落語に現代ネタを取り入れたり。食事をしている時も、お椀を向こうに置いて体の動きがどう変化するのか研究したりね。ぼーっと日々を過ごすのではなくて、気づいて取り入れることが大事だと思います。
―“気づく”ためには何が必要だと思いますか?
どうやったら落語に活かせるかという視点をなくさないこと。そして、修行中に師匠たちにいただいたアドバイスを忘れないこと。その修行を怠らずできる人が生き残っていくんだと思います。
噺家のコンディションが客席に伝わるからこそ
―落語家は定年がなく、他の職業に比べてとても息の長い職業だと思います。鯉斗さんが長く噺家としてあり続けるために大事にしていることはありますか?
食事は大事にしていますね。食べものが体をつくると思うので。時々ジャンクフードが食べたくなったり、時間がないときはコンビニのご飯にお世話になることもありますが、可能な限り手作りのものを食べるようにしています。地方公演の時は地元のものをいただくのも楽しみです。
―地方公演も多く、さらに舞台の上で長時間正座で座るなど、体力も必要だと思います。落語家さんならではの体づくりはあるのでしょうか?
ならではということではないですが、僕は10代の頃から趣味でサーフィンをしていて、体力とバランス力は鍛えられていると思います。体全体を使って激しい動きをしても、座布団からよろよろと落ちることがないですね。サーフィンは朝の方が波がいいので、6時ぐらいに海に入って、9時ぐらいに都内に帰ってくれば高座に間に合うので、意外と仕事の日も行けるんですよ。今日お持ちしたのはサーフィンの時につけているダイバーズウォッチです。ロレックスのサブマリーナーは水深100mまで潜れて、錆びにも強い。ちょこちょこ傷はついてますけどね。今、投資目的でロレックスを買う人も増えているそうですが(笑)、これは値段が上がっても絶対に手放したくないものです。
―サーフィンが好きな理由は何でしょうか?
波に乗った時のなんともいえない爽快感も好きですが、ただ海に入っているだけで安らぐんです。喧騒から離れて海の上で漂っていると、雑念を手放しているような気がして、心が穏やかになる。つくづく海に助けられているなと思います。
―サーフィンを続けることで仕事にもいい影響がありますか?
そう思いますね。リラックスして高座に上がれます。落語はナマモノですから、噺家のコンディションや緊張がそのままお客様に伝わってしまう。心穏やかに臨んだ方がいい一席になると思います。
―疲れが溜まっているなと感じたときはどうケアしていますか?
風呂が好きで毎日湯船に浸かるようにしています。サウナも好きですね。サーフィンの後、時間に余裕があれば近くの入浴施設に行くんです。手拭いは大事な仕事道具の一つでもありますが、銭湯やサウナに持っていくことも。タオルよりも速乾性が高いので重宝しています。
茨城にあるお気に入りのサウナ施設は地元の人しかいないようなところで、500円で入れるんです。安いでしょう?(笑)。井戸水を汲み上げた掛け流しの水風呂が気持ちいいんです。地方公演があるときも地元の入浴施設が気になって行っちゃいますね。人生一度きり。その土地のいいところを見たいし、感じたい。それが落語にも活かせると思っています。
真打は一つの到達点。芸の道に終わりはない
―2019年、令和初の真打に昇格されました。落語に対する向き合い方に変化はありましたか?
一席一席を大事にやっていく。その積み重ねでしかないです。昔から応援してくださる方だって、噺が面白くなければ次は来てくださらないでしょうから、僕もブラッシュアップし続けないといけない。その責任の重さは感じています。
落語を後世に残すには同世代の方に落語のおもしろさを伝え、裾野を広げることだと思います。僕は古典落語をすることが多いですが、江戸や明治に生まれた噺を自分のフィルターを通してやっていると、目の前の人と心が通じたなと思う瞬間があります。古典落語に描かれる義理人情は時代を超えても伝わるものなんだと改めて思います。説教くさくなく、笑いに変えて伝えていけるのが落語の魅力ですね。
―落語家の人数は江戸時代以来最多を記録し、現在約1000人いると聞きます。その中で鯉斗さんはどんな噺家になりたいですか?
自分のキャラクターを活かした噺家でありたいですね。今は御隠居さんの役よりも艶っぽい噺をやった方が喜ばれるので、そういう演目を積極的にやっています。やはり面白がってもらうことが一番なので。たくさんいる噺家の中で抜きん出るには、自分の個性を素直に出せるか。落語は漫才と違ってレースがないので、全員がトップを目指す必要はなく、キャラクターを活かして残っていくしかないと思う。「芝浜」や「らくだ」など同じ噺でも落語家によってまったく違う世界観が生まれるのは、自分のフィルターを通すからで、そのフィルターを磨くことが大事。僕はドラマに出たり、モデルをやることもありますが、その活動もすべて落語に活かせると思っています。
落語の世界にはいろんな人がいます。お酒を飲みすぎちゃう人、無茶なことする人、元暴走族の人(笑)。でも、それが個性になって、笑いになる。人間力を磨くことが芸の発展につながると信じています。