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  • 自然に身を委ねて、 心と体のリズムを整える。
  • 日本茶の魅力を世界へ、 そして、未来へ。
  • 受け継いだ暖簾を磨いて、 米の可能性を開く。
  • 母のような優しさを、 自分自身にも向ける。
蒸留家 江口 宏志さん

自然に身を委ねて、
心と体のリズムを整える。

interview2025.11.26

〈edenworks〉の篠崎恵美さんから紹介いただいたのは、千葉県・大多喜町の元薬草園跡地に立つ蒸留所〈mitosaya薬草園蒸留所〉を主宰する江口宏志さん。ハーブや果実が育つ庭を歩き、蒸留機を動かし、熟成タンクの音や香りを感じながら、お酒を造る。効率化や大量生産ではなく、素材ひとつひとつの個性を生かした、誠実なものづくりをしています。そんな江口さんに、暮らすと働くのあいだにある日常のケアについて聞きました。

プロフィール

江口 宏志さん
蒸留家 江口 宏志さん

えぐち・ひろし/1972年、長野県生まれ。2002年にブックショップ「UTRECHT」をオープン。2009年より「TOKYO ART BOOK FAIR」の立ち上げ・運営に携わり、2015年に蒸留家に転身。ドイツに渡り、蒸留の仕事を学び帰国。2018年、千葉県大多喜町にあった元薬草園を改修し、果物や植物を原料とする蒸留酒(オー・ド・ヴィー)を製造する「mitosaya薬草園蒸留所」を開業。2023年には清澄白河に飲料の製造・充填を行う都市型のボトリング工場〈CAN-PANY〉もオープンするなど、さまざまな形でものづくりに携わる。

私のとある一日

植物の美しい一瞬をどう生かすか。

―江口さんはどんなお仕事をされていますか?

蒸留酒を造ってます。と言うと、普通に聞こえますけど、僕たちが他の蒸留所と違うのは、ただ蒸留するだけじゃなくて、この敷地内で育てた植物や果物を使ったり、いろんな人から分けてもらった食べ物も使ったりして、お酒を造っているところです。なので、原料を育てるための畑仕事もしますし、届いた果物を加工したりもする。それから蒸留して、熟成させて、ブレンドしたり、希釈したりして製品にする。商品名を決め、ラベルを作り、ウェブサイトに載せるために写真を撮って、商品説明を書いて。自分たちで販売もしているので、商品を梱包して、発送までやる。こういうと、やってることが多いですね(笑)

―自分たちで一貫してやっている蒸留所ってとても珍しいと思います。

そうですね。原材料を育てるところから、お客様の手に届くところまで、全部自分たちでやってるところってなかなかないと思います。あと、製造だけじゃなくて、週末はオープンデーといって、mitosaya薬草園蒸留所の庭や蒸留所を案内するツアーもしています。入り口のところに〈YA〉という小さなお店があるんですが、そこではお酒を飲めたり、買っていただけるようにしています。ただお酒を買いに来るというより、体験するような感じになったらいいなと思ってて。

効率は悪いんですが、自分たちで関われるところは全部やりたいと思って。本屋(ユトレヒト)をやっていた頃もそうでした。自分たちが、いいと思った本を扱うために、作家さんや出版社とやり取りして、本を売って、アートブックフェアの企画もしたりして。本屋をやっていた時から全て自分でやってきたから、蒸留家になってからもそれが変わってないというか。最初から最後まで、自分たちでするのが好きというか、この方法しか知らなかったというか。そういえば、最近、お酒の販売代行業者があるって知ったんですよ。“マジで?あるの?”って(笑)。誰かに任せようっていう発想がそもそもなかったんです。

―(笑)。蒸留の仕事は扱う植物も大量ですし、蒸留器もかなり大きいですよね。とてもハードな仕事のように思いますが。

うーん、まぁそうですね。でも、本も重いから。扱うものが変わっただけで、本屋のときとやってることはあんまり変わってない気がします。ただ、今の仕事は自然相手というか、天気や季節によって左右される部分もある。だけど、それも含めて面白いんですよね。
mitosaya薬草園蒸留所はもともと薬草園だったところを9年前に僕たちが譲り受けました。敷地は5000坪くらいで、300〜400種類くらいの植物を育てています。日々、植物に触れていて実感するのは、果実になる過程にもいろんな魅力があること。たとえば柑橘は花が咲くとすごくいい香りがして、その花びらを甘く煮るとゼリーみたいな食感になる。それをシロップにしてもおいしいし、葉っぱはスパイシーな香りがして、蒸留すると香りが残るんです。だから、最終形だけじゃなくて、その過程も楽しみがたくさんあって、それをどう生かすかを考えるのがとても楽しい。

―自然と一緒に作っている感じが伝わります。

そうですね。ただ、自分は“これが俺のセンスだ!”みたいな作り方が得意じゃないというか、素材が一番よくなるように手を動かしてるだけで。そうすると、結果的にいろんなお酒ができちゃう。でも、その方が無理がないんですよ。毎年採れる果物の量も違うし、僕たちのところにやってくる素材も違うから、毎回どう生かしたらいいかなって考えてます。

―豊富な商品ラインナップがそれを物語っています。ちなみに定番商品はないんですか?

作ろうとはしてるんですよ、毎年(笑)。“これこそ定番だ!”と思うんだけど、できない。自然と一緒に仕事をしてると、同じ一年なんて絶対にないから、なかなか定番商品が作れないというか。経済的には定番があった方がいいんですけどね。買う方にとっては困るかもしれないけれど、作る側はとっても楽しいです。

保存の形をもっと自由に。

―今後、やってみたいことはありますか?

最近、新しい蒸留機を導入したんです。機械が変わると、作れる量もできることも変わるから、これからどんなお酒が造れるか楽しみですね。
ただ、僕自身、お酒を造りたいというよりも、保存の可能性を探っていきたいというのが大きなテーマで。放っておいたらあっという間に腐ってしまう植物をどうやって長持ちさせるか。その一つが、アルコールにして保存するということだったんです。いろんな方法がある中で、お酒は形を消して味と香りを残して、長期で保存できる方法としてめちゃくちゃ理に適っていると思っています。
ただ、最近は、お酒じゃない保存方法も模索していて。〈edenworks〉の篠崎恵美さんのようにドライフラワーにする方法があるように、食べ物以外の形にするものいいなと思っていて。たとえば、果物の輪切りを押し花みたいにして残すとか、いろんなことができそうだなと思っています。

―この土地だからこそ、いろんな実験ができますね。

そうですね。この近くには農家さんが多くて、いろんな人が“これ、使えない?”って持ってきてくれるんです。最近は大量のトウモロコシを持ってきてくれた人がいました。最初はどうしようかなと使い道に困っていたんですが、バーボンウイスキーって原料にトウモロコシを使うから、それを作ってみようかなと思っています。
お酒のいいところは、見た目が悪くて売れない果物でも、蒸留すれば形がなくなるところです。香りと味が残る。そういう意味で、お酒にするって保存に適しているなって思います。嵩も減りますしね。ジャムにしようとすると逆に増えちゃう(笑)。自分たちで発送もやっているので、冷蔵流通させなくていいもののほうが、シンプルでいいなとか、気づくこともたくさんあって。

―これからもそんなふうに。

そうですね。この土地にある植物、かかわってくれる人、ここにやってくる素材、いろんなものをひっくるめて、保存の形を探していきたいです。

自然に囲まれた環境で調子を整える。

―日々のケアではどんなことをしていますか?

僕、意外とデスクワークも多いんです。それで、オンライン会議中は握力トレーニングを始めました。鉄アレイみたいな握力器を、グーッと握って鍛えているんです。近くにフランスのヴィンテージを扱うショップがあって、そこで見つけました。この“CHAMPION”のロゴがいいでしょう? 片手1キロずつくらいあって、結構硬いんですよ。1ヶ月くらいやっていますが、握力が鍛えられてる気がします。そういえば、みんな、オンライン会議のとき何してるんですか? こういう地味な筋トレおすすめですよ、画面の下でできるから(笑)。あ、僕ももちろん毎回筋トレしてるわけじゃないですよ、時々です。

あと、犬を飼っているので、毎朝散歩しています。それが僕にとってのケアの一つですね。毎朝5時に起きて、ご飯を食べてから、7時半に家族全員で一緒に家を出て、散歩に行くんです。子どもたちはそのまま学校に行き、僕は妻と犬と家まで帰ってくる。休日でも家族で散歩に行っています。いろいろとルートを変えてますね。週末は近くの山を歩いたり。
犬は5〜6年前、捨てられていたところを近所の人が保護して、うちに連れてきてくれたんです。「ここなら育ててくれそうだ」って。それ以来、ずっと一緒。以前は敷地の中で犬を放し飼いにしてたんですけど、いつの間にか脱走癖がついちゃって。よそのおうちでご飯をもらうこともあるみたい(笑)。それで、日中は紐で繋ぐようになりました。でも、それだとかわいそうだなと思って、夕方にも散歩に行くこともあります。

―朝5時に起きて、7時半に散歩。江口さん、早起きなんですね。

そうですね。妻が早起きだから、家族全員、彼女に引っ張られて早起きなんです。僕だけいつまでも寝てるとばつが悪いし、それに、娘たちの『みとさや新聞』に書かれちゃうんで。

―新聞?

娘たちが手作りの新聞を作ってるんです。いつもネタを探してて、事件が起こると大喜びで記事にするんですよ。僕が油断して、寝坊でもしたら、新聞に書かれちゃう。だから、あんまり悪いことができません(笑)

あとね、庭にサウナを作ったんですよ。ただ、サウナと言っても、温室というか、ビニールハウスのフレームを使って内側を木で囲って、両サイドは透明のビニールのまま。スケスケなんです(笑)。でも、透けてるのがよくて、サウナに入っていても外にいる人と話せる。温度もそんなに高くなりすぎないから、のんびりできます。そういえば、ヘルシンキでサウナ施設を運営している友人が来た時に、『ベスト・サウナ・イン・ジャパンだ!』って褒めてくれました(笑)。熱すぎず、風が通る。巷のエクストリームなサウナは苦手なんですが、これぐらい適度に温まって、冷やして、のんびりするくらいがちょうどいいですね。体にも心にもいいと思います。

―なんだかこの場所にぴったりのサウナです。

そうですね。でも、全部ホームセンターで手に入る材料だけで作ったものだから、場所さえあれば誰でも作れますよ。僕はもともとDIY好きというか、本屋時代から自分で本棚を作ってたんです。店で扱うZINEは大きさがバラバラだったり、薄っぺらかったりして、既製の本棚が合わなくて。それで、家具やちょっとしたものを作るようになって。そういうのって楽しいじゃないですか。それで、こっちに来たら、素材も場所もいくらでもあるし。ここが公営の薬草園だった時にいろんなものが残されてて、処分するのも大変なので、あるものを使おうみたいな気持ちが生まれたんです。
そういえば、スタッフの個人面談もこのサウナでやってます。長引かないのがいいんです(笑)。

フェイバリット favorite 使い続けたいもの

ヴィンテージのマックランプ

ヴィンテージのマックランプ

仕事を快適にしてくれる大事な相棒、何気ない日常を彩る日用品など、“いつもの自分”をつくってくれる、お気に入りのアイテムはありますか?
これまでも、これからも、長く使い続けたいものを教えてください。

テレンス・コンランがデザインしたMACLAMPはヴィンテージのものを海外通販で買いました。アーム部分がプラスチックのモデルもあるのですが、ヴィンテージはこんなふうに木製なんです。一つはベッドの脇に置いて使っています。光源が明るいので、本を読むのにいい。もう一つはオフィスに置いています。

ドリンク drink お風呂上がりの一杯

YO-INのボトルド ティーテル

YO-INのボトルド ティーテル

私たちのチームは「お風呂と健康」について長年、研究してきました。心をほぐし、体をしっかり温めてくれる入浴タイムの後、喉を潤すためにどんなドリンクを飲んでいますか?
愛飲している一杯を教えてください。

クラフトカクテルブランド「YO-IN」は日本のボトルドカクテルブランドで、バー・ディレクターの齋藤秀幸さんがレシピを開発、mitosayaが製造をしています。このボトルド ティーテルはノンアルコールなんですが、味わいが深くて、カクテルを飲んでいるような気分になります。

Photo/Nanako Ito

Text & Edit/Mariko Uramoto

フレンズ friends 友達から友達へ

思いがつながり、バトンを渡すようにインタビューが続いていきます。