蒸留家の江口宏志さんからバトンを受け取ったのは、調香師の山藤陽子さん。心や体の調子が揺らぐとき、香りはそっと自分を取り戻させてくれる、と山藤さんは言います。一本の精油との出会いから始まり、ブランド〈SCENT OF YORK.〉を立ち上げるまで。「やわらかく生きる」をテーマに、香りとともに日々を営む、山藤さんの穏やかで確かなケア哲学とは。
プロフィール
やまふじ・ようこ/気持ち良いことフェチのライフスタイルコーディネーターとして、上質で気持ち良い暮らしと生き方を提案する<YORK.>主宰。ブランドコンサルティング、商品企画開発、パフューマーとして空間デザインや舞台演出としての調香も手掛ける。ボタニカルパフュームブランド<SCENT OF YORK.>のデザイナー。
一本の精油から変わった私の人生。
―調香師として活動する山藤さん。「香りの人生」はどこから?
商社に勤めていた時、会社帰りにふらっと立ち寄った〈ニールズヤードレメディーズ〉で、サンダルウッドのアロマオイルを一本手に取ったんです。特に深い理由はなく、「あ、いい香り」と導かれる感じがあって。それが人生を大きく動かしました。自然由来のプロダクトの世界に触れた瞬間、心と体が喜ぶ感じがして。平日は商社勤めを続けながら、週末は〈ニールズヤード〉で働くことにしました。週7で働くハードな日々でしたが、理屈より直感。頭で考えていたらきっと踏み出せなかったと思います。そこから、ブランドの歴史や生産者の哲学、生産背景などプロダクトの奥にある物語の深さにさらに夢中になって。天然の精油が人の体調や心の状態を反射するように香りの感じ方が変わるのも面白くて、どんどんハマっていき、商社を辞め、〈ニールズヤード レメディーズ〉の正社員に。そこからマネージャー職として8年勤めました。


―そこから今の活動につながるまでにはどんな道のりが?
オーガニックならではの香りや手触り、肌触りの素晴らしさは実感していましたが、ただ、どうしても、ナチュラル好きな人だけにしか届いていかないと感じて。それはもったいないなと思い、独立して、オーガニックのセレクトショップのディレクションと運営に携わりました。そこでは、服やインテリアにこだわる人、センスのいい人たちが、純粋にいいものと出会える場所にしようと思いました。なので、私が大切にしたのは、オーガニックを前面に打ち出すのではなく、まず、気持ちいいかどうか。身につけるだけでテンションが上がったり、置くだけで空間を整えてくれるような、そんなプロダクトをセレクトしました。
その後、南青山でアポイント制のサロンをオープン。お客さまと同じテーブルで湯気が立つお茶を飲みながら、ひとりひとりに合ったプロダクトをご提案していました。決められた接客ではなく、その人にとって、心地よい時間を作れる場所にしたかったんです。
―そこで調香の仕事がスタートしたのですか?
〈ニールズヤードレメディーズ〉で毎日精油に触れていたことが大きいと思うのですが、鼻が育つというか、嗅覚が研ぎ澄まされていきました。サロンを開いていた時、お客様のために香りを作ってみたら、すごく喜んでもらえて。それが調香師の入り口でした。次第に香りのお仕事をいただくようになりました。
私は学校で調香のルールを学んだわけではないので、方程式にしばられず、直感で香りを組み立てています。植物の個性は理解しつつ、効果・効能に重点を置くのではなく、感性にスイッチを入れる香りを作りたい。私の調香は音楽に近いんです。メロディーのように浮かんだ香りのイメージを具現化していくのがスタイル。そこから2021年にパフュームブランド〈SCENT OF YORK.〉を始めました。
―ブレンドで大事にしていることは?
植物の個性を尊重しながら、心が動く瞬間を香りでデザインしたいですね。だから、私は天然香料だけでつくることにこだわっています。合成香料のすべてを否定するわけではないけれど、天然の香りだからこそ、感性に響くものがあると信じているから。
たとえ消耗品であっても、その一つとの出会いで人生が変わることがある。私自身が経験したからこそ、“いいものを人に手渡す役割”はとても大切だと思うんです。消耗品だから適当でいい、ということでは決してなくて。むしろ、ふと手に取ったものが、その人の心や生き方にそっと影響を与えることだってある。だからこそ、伝え方にも誠実でありたいと思っています。

歩いて、温めて、ほぐす。肌も心も体も柔らかく。

―調香する時に大事にしていることは?
香りの強い食事を避けて、早めに寝るようにしています。そして、夜が明ける前、世界が静かで、嗅覚が一番澄んでいるときに調香を始めます。頭も体も空っぽで、ただ香りにだけフォーカスする。そこで、自分の中の香りのイメージをすくい上げ、形にしていきます。
―“働く”と“ケア”、山藤さんの中ではどう結びついていますか。
ケアは、健やかに暮らしていく上で必要なこと。私は「肌も、心も、体も柔らかく」をテーマにケアしています。
たとえば、肌は角質が硬くなると、どんなに良い美容成分を塗っても中に入っていきません。年齢を重ねてもふわふわと潤った肌の方がいますよね。あれは肌が柔らかいから。同じように、心も柔らかくしておきたい。経験を重ねるほど、「こうあるべき」と思考が固くなると、新しいことにワクワクできなくなる。それはもったいないから、なるべく、ほぐれた心でいたいと思っています。体も同じ。硬い体は巡りが滞ってしまいますが、柔軟性の高い体は代謝も免疫も上がりやすい。肌も心も体も柔らかくしていると、その人らしいペースで、健やかに年齢を重ねていけると思っています。
もともと体を動かすことはすごく好きなのですが、若い頃みたいにハードな運動はせず、今は週に4回ほどのウォーキングを続けています。ウェアはNIKE ACGやTHE NORTH FACEがほとんど。デザインが好みなんです。毎朝1時間くらい歩いて帰ってきたら、すぐ入浴。湯船にしっかり浸かり、心と体をしっかり温めます。
週に1度、酵素浴にも行っています。米ぬかのベッドに15分寝るだけでしっかり汗が出る。クールダウン中もしばらく二次発汗が続いて、体温がしっかり上がるんです。酵素浴は短い時間で体の深部まで温まるのがよくて、4~5年くらい続けています。習慣になってから、血行も代謝もよくなりました。シャワーを浴びた後は、〈ニールズヤードレメディーズ〉のワイルドローズビューティーバームを顔にたっぷり塗って、温かいタオルをのせて1分パック。そうすると、毛穴から余計な油分が浮き出て、それをしっかり拭き取っておくと、必要な栄養がしっかり肌に入っていく感じがします。ワイルドローズビューティーバームはなくなると不安になるくらい、私にとってお守りバームなんです。普段のスキンケアはもちろん、旅先や乾燥した飛行機の中、酵素浴の後もまずはこれ。処方はすごくシンプルなのに、つけるだけで肌も心も元気になります。


―ポップアップイベントなど、立ちっぱなしの日のケアはどうしていますか?
〈東洋羽毛工業〉の足首ウォーマーをつけて寝るようにしています。驚くほどむくみが取れるんですよ。ダウン80%、フェザー20%で軽くて温かいんです。たまに、つけているのを忘れて、そのまま外に出ちゃう日も(笑)。夏でも冷房が効いた部屋ではつけるようにします。足首を温めると、全身の力がふっと抜けて、むくみもスッと引くんです。
自分を大切にすることが誰かの幸せにつながっている。
一昨年、大切な家族を見送り、心に空白が続いた時期がありました。生きる意味を見いだせず、人と会うことすら難しい日が続いて。まずは環境を変えようと思い、身の回りのものを手放し、住まいを変えるところからリスタートしました。
見晴らしが気に入って選んだ今の家で、普段は仕事をしています。今後は自宅とは別で、アポイント制のサロンを構えられたらと思っています。お茶を淹れて、手作りのお菓子を出して、その人に合う香りやアイテムをじっくり選んでお渡しする。そんな場を持てたら。


私は「自利利他(じりりた)」という言葉を大切にしています。自分を満たすことと、誰かを喜ばせることは、本来ひと続きのもの。自分を大切にすることがきっと、誰かの幸せにつながっていると思う。調香は私を私らしくいさせてくれるものであり、そこから生まれた香りが誰かの心にそっと灯りをともすものでありたい。そんなクリエーションを心がけています。
いろんな偶然が連なって、気づけば今の場所に立っている。でも振り返ると、その道筋にはいつも“気持ちいい”という自分の感覚がありました。これからもその感覚を信じて、柔らかく、あたたかく、そして、ちょっとフェティッシュに。誰かにとっての“気持ちいい”を届けていきたいと思っています。
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