無駄のない洗練された空間で、一人一人の身体を足元から整えるオーダーメイドのインソールを手掛ける森健さん。森さんの名前を聞いたのは、エッセイスト・麻生要一郎さんのインタビューの時。「森さんのつくったサンダルを履くようになってから体調が良くなった」とおっしゃっていたのです。足元を整えると健康になるという話にとても興味がわき、今回は森さんがインソール作りを始めたきっかけや制作する上で大事にしていること、自分自身のケアについて伺いました。
プロフィール
もり・たけし/1982年神奈川生まれ。国内におけるインソールの第一人者・森公一を父に持ち、幼い頃からインソール作りを間近に見て育つ。大学卒業後、ドイツへ留学し、帰国後〈FOOTWORKS〉を立ち上げる。オーダーメイドのインソールを作りながら、オーダーメイドインソール専用シューズのライン「TAKESHI MORI」も展開。
インソールは身体を正しく使うための道具。
―インソール(中敷き)の制作・販売を専門にした森さんのショップ〈FOOTWORKS〉に伺いました。ここでは一人一人に合わせたインソールを作られているとのことですが、具体的にどのような流れで作っていらっしゃるのですか?
お客様の症状や身体の悩みをヒアリングし、足型を取って、重心の偏りや圧のかかり方をチェックします。カウンセリングした内容を元にその人に合ったインソールを作成し、正しい立ち方や体重の掛け方や歩き方、靴選びのアドバイスをしています。
実は足型を取る前に、お客様が入り口からカウンセリングスペースに向かうまでの歩いている様子を見れば、足のどこに体重が多く乗っていて、身体にどのような負担がかかっているか、およその検討がつくので、それも情報のひとつとしてインソールを制作します。足型を取る時には「なるほど、やっぱりそうか」と自分で再確認する感じです。
初回カウンセリングでお作りしたインソールを履いて生活してもらい、長年の癖や歪みを1度で取ろうとすると、違和感や痛みが出てきてしまうので、その後、身体の変化を確認しながら調整して完成です。
―そもそも、なぜ足裏を整える必要があるのでしょうか?
足は身体を支える土台です。その面積は身体全体の約1%。つまり、わずか1%で身体を支えているということになります。体重のかけ方や動かし方が正しくないと、立ったり歩いたりといった基本動作が正しくできず、身体のバランスが崩れてしまう。外反母趾、O脚、X脚以外にも肩や首のコリ、腰痛や内臓の不調の原因も姿勢からきていることが多いんです。車で例えるとわかりやすいのですが、まっすぐ走りたいのにタイヤが外を向いてたり、すり減っていると、バランスが取れずにすぐ壊れてしまいますよね。自分ではまっすぐ立っていると思っても、左右差があったり、前後にねじれていたりする人がほとんど。だから、インソールを使って身体の土台である足裏の体重を掛ける位置を整えて姿勢を整えよう、というのが基本的な考え方です。
―森さんがインソール職人になろうと思ったのはなぜですか?
父がインソールを作っていて、子どもながらに「いい仕事だな」と思っていたからです。お客さんの中にはインソールを履き続けたことで身体の不調が治り、泣いて喜ぶ人もいるほどで、「こんなに感謝される仕事ってすごい」と思っていました。
父はちょっと変わっていて、独学でインソール作りを始めたんです。僕が幼い頃、母は偏頭痛と肩こりがひどくて朝も起きられない状態が続いたんです。家の近くにいい整体院があると知って、父が母の送り迎えをするようになりました。施術直後は母の体調が良くなるんですが、すぐまた元に戻って、通院するという繰り返し。父は送り迎えで通ううちに整体院に通う常連さんとも顔馴染みになったそうです(笑)。父が、常連さんの様子を眺めていると、施術室から出て靴を履いて歩き始めると元の姿勢に戻っていると気づいて。ということは、歩き方と靴に原因があるんじゃないかと考えたらしいんです。
父はもともとスキーやスノーボードなどウィンタースポーツをメインにしたショップを経営していました。当時はまだ欧米が主流だったので、日本人の足に合うスキーブーツがあまりなく、父はインソールを調整して研究を重ねるうちに、日常生活の不調も姿勢や足裏を正せばよくなるのではないか、という理論にたどり着いたようです。父が作ったインソールを履いて生活をするようになってから母の体調もよくなりました。それを知った知人や友人が「自分も作ってほしい」と訪ねてくるようになり、そこから仕事として一人一人に合ったインソール制作をするようになったんです。
―では、技術や知識をお父さんから直接教わったのでしょうか?
いや、息子に教えるのが照れくさかったのか、何も教えてくれませんでした。兄弟子がいたので、知識や技術は彼から教わりました。ただ、お客さんに対する向き合い方は父から学ぶことが多かったですね。お客さんの中には不調を解消するために今までいろんな施術を受けていたけど、何をやってもなかなか良くならずに父の店にたどり着いたという人もいます。父は「良くなってもらいたい」という真摯な気持ちで、一人一人に向き合っていました。時々、予約の時間をオーバーしてまで相談に乗っているので、次のお客さんとバッティングすることもあり、予約の管理をしている自分にしてみれば「時間守ってよ」と感じることもありましたが、目の前の人に向き合う姿勢はこの仕事に欠かせないことだと感じました。
大学を卒業するタイミングで、父から「インソール先進国のドイツで技術を学んでこい」と言われ、留学することになりました。現地の工房やメーカーなどを訪ねましたが、ドイツ人と日本人では骨格も関節まわりの丈夫さも違うため、現地のインソール作りのノウハウは日本人には当てはまらないことも多く、やはり日本で技術を磨いていこうと。2年後に帰国して、26歳で独立しました。
静と動のケアで自分を整える。
―森さん自身はどのようなケアをしていますか?
毎日、足のストレッチを欠かさずやっています。足の関節の動きがやわらかくなると、血行もよくなり、靴を履いた時にインソールの適切な位置に足が収まりやすくなります。あとは、自分の足に合ったインソールを履いて、正しい立ち方、歩き方を意識して生活する。インソールを履いて一歩ずつ歩くことで足首、膝、骨盤、背骨、首といったねじれや歪みを改善し、正しい姿勢が身につく。読者の方には、座り仕事の人も少なくないと思いますが、1日に最低でも20分は正しく歩く時間を作った方がいいと思います。
ランニングも自分にとっては欠かせない習慣です。走って左右交互に手足を出すことで歪みを整える感覚があって精神的にもいい。前にしか進まないから考え方も前向きになれるし、自分は走ってる時が1番考え事ができる。大体週に4、5日、1日に10kmほど走っています。
ランニングシューズは仕事の勉強として、2、3ヶ月に一回のペースで買い換えるんですが、ウェアはイギリスのUVUというブランドのものを愛用しています。instagramでたまたま見つけて雰囲気が良いなと。新作が発表される度につい買ってしまいます。
―他に何かやっていることはありますか?
最近始めたのは半身浴。ここ最近忙しすぎて、シャワーだけで済ませていたら、体重が増えてしまって。食生活も運動量を見直しても体重が落ちなくて、格闘家が計量前に水抜きのために半身浴するのを見て、自分もやってみようと。半身浴を40分、3日続けてみたらするすると体重が落ちて「これはいいな」と。それから習慣にしています。
―心のケアはどうですか?
真面目に考えすぎてしまうタイプなので、日常生活では考えすぎないようにしています。仕事中はお客さんの行動1つ1つにたくさんの情報があるので、癖や身体の動きを注視するようにしているのですが、日常生活でも続けるとゆったりした休みも取れないので、好きな音楽など聴きながらリラックスする時間を持つようにしています。
店では1950年〜60年代のジャズを聴くことが多いので、当時の音を自分が思う一番いい状態で聴いています。スピーカーは1940年代、アンプが50年代、プレイヤーは60年代のもの。休憩中は音を大きめにして、バルセロナチェアに座って音楽を楽しんでいます。
対等な関係で人と向き合う。
―森さんはどんな職人でありたいですか?
「森さんの言うことだったら聞いてみよう」と思ってもらえる職人でありたいですね。僕の仕事は道具を作ることとその使い方をお伝えすること。なので、僕の話を聞いて、お客さん自身が「治そう」と意識してもらわないと、長年の癖は簡単に抜けにくいし、立ち方や歩き方も変えられない。ここでは初めて会う方がほとんどなので、まずお客さんに信頼してもらえる職人であることが大事だと思います。
技術や経験ももちろん大事ですが、目の前のお客さんに「良くなってもらいたい」という気持ちも大切です。
そしてお客さんも店主もお互いフラットに対話ができる形が健全で理想的だと思っているので、そういう雰囲気づくりも意識しています。
目標はできる限り職人を続けること。そのためにはメンタルもフィジカルもいい状態にしておくことが大事ですね。父が75歳で引退したのでそれを超えられるぐらいまでは続けたいです。